「突堤にて」(梅崎春生)

突堤はいわば外界から緩やかに隔離された世界

「突堤にて」(梅崎春生)
(「日本文学100年の名作第5巻」)
 新潮文庫

太平洋戦争初期の頃、
病気静養中である「僕」は
釣りを始める。
海に突き出た防波堤は
未完成であり、
突堤部以外は潮が満ちると
水没するため、
そこを訪れる釣り客は、
普段は常連ばかりだった。
「僕」は常連たちを
観察しはじめる…。

海軍体験を基にした作品
「桜島」の成功で
第一次戦後派の代表的存在となった
梅崎春生
戦争物と並んでもう一つの得意分野・
市井物の短編である本作品は、
釣りの常連たちの関係を
冷静に観察したものです。

突堤はいわば外界から
緩やかに隔離された世界です。
ここでの「外界」とは、
戦時中の世の中のことです。
人々が強制的に一体化させられ、
個人の自由のない社会です。

それに対して突堤の人々は
極めて緩やかな繋がりなのです。
「彼等は薄情というわけでは
 全然ない。
 連中のここにおける交際は、
 いわば触手だけのもので、
 触手に物がふれると
 ハッと引っこめる
 イソギンチャクの生態に
 彼等はよく似ていた」

そのため「僕」は釣り餌として
黒貝を調達するため海に潜るものの、
突堤に上がろうとしても
誰も手を貸そうとせず、
防波堤の低い部分まで
泳がなければならないということも
あったのです。

突堤では、常連は本名を呼ばずに
仇名か略称で呼び合います。
極めて匿名性の高い集団なのです。
「正当に反撥すべきところを
 慣れ合いでごまかそうとする。
 大切なものをギセイにしても
 自分の周囲との摩擦を
 避けようとする」

私には
「外界」が「軍国主義」であるなら、
突堤は「現代社会」であるように
思えてなりません。
隣人の名前を知らない。
薄情というわけではないが、
他と深くは関わらない。
突堤と現代日本の風景は
よく似ています。

後半部で、常連の一人である
通称「日の丸オヤジ」が
警察官に拉致されていきます。
突堤は外界と完全に
遮断された世界ではないのです。
外界からの不当な力も
当然受けるのです。
私たちの日本も同様に、
戦時中の亡霊のような
「不条理な圧力」が、
いつ侵入してもおかしくはない
状況であるような気がします。
周辺各国では、そのような侵入を
許してしまった国や地域が
見受けられます。
突堤のように、
仲間が連れ去られても
誰も関心を示さない世の中で
いいはずがありません。

もちろん、本作品が発表されたのは
昭和29年。
作者にそのような意図が
あろう筈がありません。
作者がこの作品に込めたテーマは
もっと違うところにあります。
小説の読み方は一様である必要は
ないと思っています。

(2021.7.18)

Sonja RieckによるPixabayからの画像
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